Pre駐妻.com

パートナーの海外転勤について行く人のためのブログ。

現役アメリカ駐在妻の私が「ひきこもり」になった理由【海外駐妻・ストレス】

ひきこもり駐妻

私が1年間、アメリカでひきこもり駐妻になった理由とは?

アメリカ駐妻歴3年目のMs.Littlepondです。

 

2018年に夫の転勤帯同でマサチューセッツ州に引っ越し、現在小5の娘とボストン郊外で暮らしています。

 

今回は「私がアメリカでひきこもり駐妻になった理由」についてお伝えします。

 

世界のキラキラ駐妻ライフ✨を検索中の方は、読むのをご遠慮いただいた方が良いかもしれません(笑)。

 

正直、40年以上日本にしか住んだことのない自分にとって、海外暮らしはそうカンタンではありませんでした。これから海外渡航をする皆さんも、漠然とした不安に襲われていると思います。

 

そんな皆さんに、ちょっとだけ先輩の駐妻としてお伝えしたいのは「病まない駐妻なんていない」ということ。鋼のメンタル持っていると思っていた私でも、見事にひきこもりました。

 

そこで今回は、私がアメリカに来てツラかったこと、ウツになりかけた原因なども一気にお話ししようと思います。

 

これを読んでいただければ、不安なのは自分だけじゃない、病んでも仕方ない、気楽な駐妻を目指そう、と、ポジティブになっていただけるはずです。

 

気づけば日本のYahoo!ニュースを片っ端から読む生活に

ソファで横になってスマホを触る主婦

やることがないので、一日中ネットニュースを読んで過ごす毎日

 

最初の1年間は、ほとんど「日本のYahoo!ニュースを片っ端から読んで過ごす日々」でした。

 

アメリカにいるのに日本のニュースや芸能ネタに詳しくなってしまうという、本当にもったいない日々を過ごしたと思います。

 

でも正直、それしかやることがありませんでした。

 

仕事を辞め、家事だけをして過ごす日々。娘を学校まで迎えに行く以外は、家事しかやることがありません。日本にいた頃は、自分の仕事、PTAなどの子どもの用事、ママ友付き合い、趣味の集まりなど、スケジュール帳は常にいっぱいだったのが……

 

いきなり、予定が真っ白になったワケです。

 

ランチをするママ友もいなければ、仕事の打ち合わせもない。話すのは家族だけ。

 

コロナでパンデミックが起こる2年も前から、私はStay Home生活を送っておりました。

 

夫は赴任先の本社で忙しそうにしていて、家に帰っても日本との電話会議ばかり。アメリカのパパたちは「家庭を大事にして、帰宅時間も早くなる」と聞いていたのに、日本にいるときと仕事のスタイルは変わりません。

 

夫婦の会話もどんどん減りました。

 

娘は慣れない学校生活で英語も解らず、最初は家に帰ると家族へ当たり散らす日々が続きました。かといって、ボストンには全日制の日本人学校はありません。現地校へ通ってもらうしか方法はないのです。

 

娘をなだめ、励まし、なんとか学校の宿題をやらせ、週末までには日本語補習校の宿題もやらせなければなりません。もう小3(当時)なのに、急にキレて泣きわめくようになり……

 

また赤ちゃんのように手がかかるようになってしまいました。

 

ふと気づくと、夫や娘は新しい環境に慣れようと一生懸命アップデートを繰り返す日々を送っているのに、私は何も変わらないどころか、自分のためになることは一切していないことに気づいてしまいました。

 

40歳、不惑を過ぎて、自分が何をしたら良いのかさっぱり解らない毎日。無駄に時間だけが過ぎていったのです。

 

日本人と話したい、でも駐妻のマウント大会は面倒臭い

ストーカーまがいのことをする駐妻

海外の駐妻さんには、日本人同士の距離感がおかしくなる人もたまにいます

日本人と話したいと思うと、まず接触するのは同じ「駐妻」さんたちでした。

 

娘の学校にも数人はいましたし、日本語学校にもたくさんいます。しかし、そんな駐妻さんたちは新人駐妻の私に対していきなりマウントを取ってくる人もいました。

 

日本人駐妻は

・駐在歴が長い

・英語が話せる

・医者、政府関係者、大学教授など「社会的に地位のある夫」がいる

・自分もバリバリ仕事をしている

 

そんな人がマウント上位に君臨し、私のように

アメリカに来たばかり

・英語が話せない、カフェやレストランでの注文もおぼつかない

・企業駐在員の夫についてきただけで、無職

 

そんな人はマウント最下層になるのです。

 

今考えるとそうとうくだらない駐妻カーストですが、来たばかりの頃はそれに振り回され、無駄に気を遣い、神経をすり減らしておりました。

 

さらに、同じ駐妻ということでシンパシーを感じられてしまったのか、大して仲の良くない人からやたらと誘われるようにもなりました。

 

偶然を装われてアパートの出口で待ち伏せされたり、誘ってもいない会合にいつのまにか来られたりと「他人との距離感」がおかしい人たちにも出会ってしまい……

 

まるでストーカーに狙われているかのような日々を過ごしたのでありました。

 

人間不信ならぬ、駐妻不信になってしまったのです。

 

英語が話せないから、日本人コミュニティから抜け出せない

英語

英語ができないから、結局付き合うのは日本人だけに

 

なにより、私がひきこもった最大の理由は「英語が話せなかったから」だと思います。

 

英語が話せれば、近所のヨガ教室や英会話教室、買い物や病院もすぐに一人で行けたはずですし、日本人以外のコミュニティに参加し、友人を作って人間関係を広げられたはずです。

 

しかし、英語にはまったく自信がなかったので、家族と日本人しか頼るところがありませんでした。

 

海外の日本人はあくまでもマイノリティ。人数が多くはありません。その中から自分に合う人を見つけるのはとても難しいですし、仕方なく仲良くしても、自分がストレスをためるだけになってしまいます。

 

今では少しだけ英語が話せるようになったので、少しずつ自分の世界を広げられるようになりましたが、それまでの1年間は「自分の世界が急に狭くなったこと」がストレスで、外に出なければと思えば思うほど、どんどんひきこもっていきました。

 

駐妻として最初の1年を無駄に過ごしたので、これから海外で生活する皆さんにはそうなってほしくありません。

 

次のブログでは「私がひきこもり生活を脱して、駐妻うつにならないためにやったこと」を紹介したいと思います。

 

 

pre-chuzuma.hatenablog.com

 

pre-chuzuma.hatenablog.com

  

pre-chuzuma.hatenablog.com